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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)77号 判決 1975年12月15日

控訴人 社会保険診療報酬支払基金

右代表者理事長 今村譲

右訴訟代理人弁護士 横大路俊一

同 大崎康

右控訴人補助参加人 (旧名称 中央医療信用組合)東京中央信用組合

右代表者代表理事 林秀治

右訴訟代理人弁護士 黒沢子之松

同 佐藤吉将

控訴人 東京都国民健康保険団体連合会

右代表者理事長 安井謙

右訴訟代理人弁護士 満園勝美

同 満園武尚

被控訴人 高橋園子訴訟承継人 高橋勲

被控訴人 同 高橋房江

右両名訴訟代理人弁護士 吉井晃

同 菅野谷信宏

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの各請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは主文同旨の判決を求め、被控訴人らは控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、次に付加するほか原判決事実摘示のとおり(但し、原判決の「第二主張」の欄中に「転付命令」とあるのはいずれも「取立命令」の、また「被転付債権」とあるのはいずれも「被取立債権」の誤記と認められるから当該記載部分をすべて右のとおりに訂正し、原判決七丁表一〇行目の「被」を削り、同四丁表四行目の「一七二六号」の次に「、同年(ヲ)第一九〇八号」を、同末行の「三〇二号」の次に「、同年(ヲ)第三七九号」を加える。)であるから、これを引用する。

(控訴人基金の付加陳述)

一、乙第一号証債権譲渡通知書に基き控訴人社会保険診療報酬支払基金が中央医療信用組合に対し支払をなした訴外金沢旻の昭和三七年五月分及び六月分の診療報酬の内訳並びに支払年月日は次のとおりである。

診療報酬内訳

金額

支払年月日

1

三七年五月分社会保険

(円)

四七〇、四一六

三七・七・二四

2

三七年五月分結核予防法

四、〇五二

三七・七・一〇

3

三七年六月分社会保険

四九九、九四六

三七・八・二八

4

三七年六月分結核予防法

三、七四二

三七・八・一〇

九七八、一五六

二、東京地方裁判所昭和三七年(ル)第一七二六号、同年(ヲ)第一九〇八号債権差押及取立命令は同年七月一二日に控訴人社会保険診療報酬支払基金に送達されているところ、この命令送達前になされた支払額は前項表中2の五月分結核予防法診療報酬金四、〇五二円である。よって仮りに前項の支払金九七八、一五六円の全額についての債権の準占有者への弁済に関する控訴人の抗弁が認められない場合においても、前記金四、〇五二円については債権の準占有者への弁済であることは争う余地のない問題である。

(控訴人連合会の付加陳述)

一1  国民健康保険診療報酬の支払手続については証人八木欣一の説明のとおり、診療機関は保険者との契約により、保険者から受けるべき報酬を連合会から受領するのであるが、毎月一〇日までに前月診療分の報酬計算書及び請求書を連合会宛に提出し、連合会はその翌月五日までに審査の上各保険者毎に請求額を取まとめて請求し、その月の二六日から二八日までに払込むよう通知し、その頃受領の上、直ちに診療機関に支払っているのであるが、保険者は診療機関及び自らの便宜のために審査及び支払事務を連合会に委任しているのである。連合会の支払事務は保険者の委任に基くもので連合会自体は保険者から受領していない診療報酬を支払う義務はないのである。本来の債務者は保険者である。法律的には、保険者自ら支払事務を処理し、診療機関は直接保険者に対して報酬を請求しても差支ないのである。この関係は、国選弁護人の報酬支払義務者が国でありながら、事実上は弁護士会が所属会員の受けるべき報酬を一括して受領の上会員たる弁護人に分配しているのと相似ている。

2  以上の関係は、特に、連合会が保険者から診療報酬の引渡を受ける以前における法律関係を考えると明らかである。その状態においては、連合会は、昭和×年×月分という具体的な報酬をまだ預っていないのであるから、診療機関にこれを支払う義務は生じていないのである。

連合会が差押命令の送達を受けたのは昭和三六年一月一四日であるが、その当時連合会は保険者から昭和三五年一一月診療分及び同年一二月診療分の診療報酬はまだ預っていなかったのである。連合会が昭和三五年一一月分の診療報酬を保険者から受入れたのは昭和三六年一月二六日から同月二八日までの間であり、昭和三五年一二月診療分の診療報酬を保険者から受入れたのは昭和三六年二月二六日から同月二八日までの間であった。本件差押命令送達時において連合会は訴外金沢旻に対する債務を負担していなかったのであるから、被控訴人らに対する支払義務がない。

二1  将来の診療によって発生する報酬は民事訴訟法六〇四条の継続収入に当る。そもそも継続収入は、雇傭、賃貸借等継続的関係の存在を前提として時の経過に伴って、一定期間毎に金額が略一定しており、支払時期が毎月一定しているところに特長がある。

2  診療報酬は、保険者と医療機関との委任または準委任契約に基いて、一月間になされた診療について、まとめて、計算し、請求されるものであり、支払時期も毎月一定している。診療の量と質によって毎月の報酬総額は一定ではないが、大局的には大体同じである。この意味では固定給と歩合給を含む給与と異なるところはない。

すなわち、保険者と保険医との基本的法律関係が国民健康保険法三八条の登録にはじまり、具体的な診療報酬債権は診療によって発生する医療保険制度の下においては、診療はすべて点数化せられ、一月の診療が何点になるかによって診療報酬額が定まる仕組になっている。ここでは、保険者および被保険者の氏名、人員または、病名等は一切その個性を失い、一月に何点の診療をしたかによって、保険医の一月の報酬が決定されるのである。生命保険会社、または、証券会社の外務員その他歩合給のセールスマンの給料が一月間の売上高によって決定され、売上の相手方、売上回数、売上商品の種類等は無視せられているのとくらべて、診療報酬について、とくにこれらと区別すべき理由はないのであるから、これらの給料と同様に、継続収入と解すべきである。

3  本件においては、差押取立命令送達前にあらかじめ将来の診療によって発生するであろう報酬請求権が譲渡されているのであるから、被控訴人らの主張は理由がない。

(被控訴人らの付加陳述)

第一  控訴人連合会が第三債務者でないという主張について、被控訴人らは左のとおり申述する。

一、控訴人連合会は、国民健康保険法により保険者(保険者は同法三条により市町村及び特別区並びに国民健康保険組合である)が、共同してその目的を達成するため設立した特殊法人(同法八三条)で、東京都の区域内の保険者の強制加入団体(同法八四条、同四五条)である。

二、(一) 国民健康保険法によれば、保険者は診療担当者の診療報酬請求の審査及びその支払に関する事務を控訴人連合会に委託し得る(同法四五条)ものであるところ、右連合会は、診療報酬の支払について、保険者の委託により、診療担当者から提出される請求書を審査するとともに、診療報酬を診療担当者に支払うものである。

(二) 診療報酬の支払については、保険者よりの預託金及び受入金をもって支払われるのであるが、預託金は診療報酬の迅速な支払をなすために必要な資金として一定金額を各保険者から預託を受け、診療担当者から請求があった場合、まずこれを支払に当てる筋合のものである。

かような次第で控訴人連合会は保険者からの受入金がないからといって診療報酬の支払を拒絶することはできない。

三、要するに、控訴人連合会は保険者の委託により、診療担当者に支払をなす地位にあるものである。

すなわち、控訴人連合会は保険者に対しては債権者であるとともに支払担当者であり、診療担当者に対しては債務者であり、被控訴人らに対する関係では正に第三債務者といわねばならない。だからこそ事実上も本件訴訟前に控訴人連合会は被控訴人ら先代高橋園子に対して、本件と全く同種の診療報酬の一部を支払っているのである。そればかりか控訴人連合会は本件差押取立命令送達前に、債権譲渡がなされたことを認め、この事実を前提として本件差押の効果がないと主張しているが、この主張は、控訴人連合会が自ら第三債務者でないと主張している点と矛盾するものである。

第二  診療担当者が控訴人基金及び連合会に対して診療報酬債権を有する理由につき、被控訴人らは次のとおり補足して陳述する。

(一)  診療担当者は都道府県知事の登録により保険医療機関としての公的責務権限をもつとともに、保険者に対して診療報酬の請求をなし、その支払を受くべきところ、法律の規定に基いて保険者が控訴人基金及び連合会に対し診療報酬の支払委託をなし、右基金及び連合会は法律上支払義務者たる地位において、診療担当者に直接診療報酬の支払をなすものである。従って診療担当者である訴外金沢旻は診療報酬の直接の支払義務者である基金及び連合会に対し本件診療報酬債権を有している。

仮りに右の主張が認められないとしても、診療担当者、保険者、基金及び連合会の三者間には、右基金及び連合会が保険者から支払委託を受け、診療担当者は基金及び連合会に診療報酬請求書を提出し、基金及び連合会では右請求書を審査してから診療担当者に診療報酬を支払うという内容の明示又は黙示の契約があるため、訴外金沢旻は基金及び連合会に対し本件診療報酬債権を有している。

(二)  前記の法律の規定について説明すれば次のとおりである。

診療担当者は都道府県知事の登録により保険医療機関としての公的責務権限をもつ(健康保険法第四三条の五、国民健康保険法第三九条)。診療担当者は、被保険者を診療したことにより診療報酬の請求を本来は保険者に対してなし保険者から支払を受くべきところ(健康保険法第四三条の九第四項、国民健康保険法第四五条第四項)、保険者は基金及び連合会に対し診療報酬の支払委託をすることができるため支払委託をしている(健康保険法第四三条の九第五項、国民健康保険法第四五条第五項)。基金については右のために特に社会保険診療報酬支払基金法が制定されており、基金が診療報酬の法律上の支払義務者とされている。すなわち基金については同法第一三条に基金の業務の規定をおき、「毎月、その保険者が過去三箇月において最高額の費用を要した月の診療報酬のおおむね一箇月半分に相当する金額の委託を受けなければならないこと、診療担当者の提出する診療報酬請求書に対して厚生大臣の定めるところにより算定したる金額を支払うこと、診療担当者の提出する診療報酬請求書を審査すること、前各号の業務に附帯する業務」を行なうと同条第一項第一号乃至第四号に規定している。従って診療担当者は診療報酬請求書を基金に提出し、基金では右請求書を審査してから診療報酬を診療担当者に支払うのである。すなわち基金は法律上診療報酬の支払義務者である。連合会は東京都の区域内の保険者の強制加入団体であって(国民健康保険法第八四条、同第四五条)、このことは診療担当者は連合会からのみ診療報酬の支払を受けられ、保険者からは診療報酬を受けられないことを意味する。連合会については他に国民健康保険法施行規則第三二条に「国民健康保険法第四五条第五項の規定により保険者から診療報酬の支払に関する事務の委託を受けた国民健康保険団体連合会は、当該保険者から、毎月、当該保険者が過去三箇月において最高額の費用を要した月の診療報酬のおおむね一箇月半分に相当する金額の預託を受けるものとする」との規定をおき、国民健康保険法第八七条には「法四五条第五項の規定による委託を受けて診療報酬請求書の審査を行なうため、連合会に国民健康保険診療報酬審査委員会をおく」旨規定し、同法第八九条には「審査委員会は診療報酬請求書の審査を行なうため必要があると認めるときは都道府県知事の承認を得て診療担当者に出頭若しくは説明を求めることができる」旨規定している。また、東京都国民健康保険団体連合会規約第六条には連合会の事業として「診療報酬の審査及び支払」について、同規約第四〇条には「診療報酬審査支払特別会計」について規定を設けている。これらの規定を総合すれば連合会の場合も基金と同様に、診療担当者が診療報酬請求書を連合会に提出し、連合会は右請求書を審査してから診療担当者に診療報酬を支払うことを法律上認めているというべきである。すなわち連合会は法律上診療報酬の支払義務者とされているのである。

(三)  健康保険の保険者は政府及び健康保険組合であって(健康保険法第二二条)、健康保険組合は法人とされ(同法第二六条)、健康保険組合が解散によって消滅した場合には、右組合の権利義務は政府が当然承継する(同法第四〇条)。このことは国家が社会保険の最終的な責任を負うことを示すものである。

国民健康保険法においては、市町村及び特別区と国民健康保険組合とが保険者となるが(国民健康保険法第三条)、市町村及び特別区を原則とし、事実上も国民健康保険組合が保険者となる場合は極めて少数である。ところで国民健康保険法の規定する国民健康保険組合は、同種の事業又は業務に従事するもの(国民健康保険法第一三条)、例えば弁護士会、薬剤師会などの組合であって法人であり(同法第一四条)、保険料の徴収については地方税法の準用規定があり(同法第七八条)、督促及び延滞金の徴収や滞納処分について規定がおかれている(同法第七九条、第七九条の二、第八〇条)ばかりでなく、国の補助があり(同法第七三条、第七四条)、厚生大臣又は都道府県知事の監督を受け(同法第一〇八条、第一〇九条)、保険者の診療報酬の支払は制度的に保障されているものである。このことは、控訴人連合会の場合も例外ではない。

従って以上のような社会保障を背景としている保険者から支払委託を受けた控訴人基金及び連合会は登録している診療担当者に対する診療報酬の法律上の支払義務者であるというべきである。

(証拠関係)≪省略≫

理由

一  被控訴人ら主張のとおりの各債権差押及び取立命令が発布されてその主張のとおりに控訴人らに送達されたこと、控訴人ら主張の各診療報酬債権がその主張のように譲渡されてその主張のとおりの譲渡通知がなされたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  ところで控訴人らは、本件のごとき診療報酬債権については、債務者は保険者であって、控訴人らは単に債務者たる保険者から支払事務の委託を受けているものに過ぎないから、控訴人らはかかる債権に対する強制執行における第三債務者に該当せず、従って本件取立訴訟は失当であると主張するので按ずるに、控訴人らが保険者から診療報酬の支払委託を受ける法律関係は、健康保険法、国民健康保険法、社会保険診療報酬支払基金法(以下「基金法」という。)等の各規定に基く公法上の契約関係であり、かつ控訴人らが右の委託を受けたときは診療担当者に対しその請求にかかる診療報酬につき自ら審査したところに従い自己の名において支払をなすべき法律上の義務を負うものと解すべきである(本件を当裁判所に差戻した最高裁判所昭和四八年一二月二〇日言渡昭和四三年(オ)第一三一一号判決参照。)から控訴人らを第三債務者とする本件各差押取立命令に基き、控訴人らを被告としてなした本件取立請求訴訟には控訴人らの上記主張のごとき違法は存しないものというべきである。

三  そこで、さらに進んで本件各差押取立命令の送達前になされた控訴人ら主張の各債権譲渡の効力について考察する。

現行医療保険制度のもとでは、診療担当者、保険者、診療報酬支払機関等は不特定多数の被保険者をも含めてすべて健康保険法、国民健康保険法、基金法等の各規定に基き組織化された機構の枠内にあるものというべく、これを医療保険診療報酬についてみるに、もともと診療報酬は診療担当者が被保険者に対して療養の給付を担当した対価として支払われる費用ではあるが、現行制度では診療担当者が毎月所定の時期までに提出することになっている診療報酬請求書その他所定の書類を診療報酬支払機関において審査決定する手続によりはじめて報酬債権の存否及びその金額が具体的に確定される仕組みになっており、しかもその支払経路からみるときは、診療報酬債権は報酬支払機関から毎月一括して支払がなされるという形態になっているのであって、(保険医は患者に対し診療をするけれども、患者に対して保険診療報酬請求権を取得するものではなく、多くの場合保険者から支払委託を受けている診療報酬支払機関に対して請求をなすべきものである。)しかも診療担当者たる医師が保険医として通常の安定した状態で診療業務に従事する限り、支払担当機関から毎月一定額以上の診療報酬の支払を受けられる見込は相当確実に期待できるといってよいから、かような診療報酬債権は、上記のような仕組みが確立され組織化されている現行医療保険制度のもとにおいては特段の事由のない限り「現在すでにその原因が確立し、権利を特定することができ、かつその発生の確実度が強度なもの」として月々具体化する一種の将来の債権と認めて差支えないというべきである。とすると、かような将来の診療報酬債権の譲渡は、将来の債権の譲渡として有効と解するのが相当である。

以上のとおりとすれば、第三債務者たる控訴人らに対し本件各債権差押及び取立命令が送達された以前に本件各診療報酬債権はすでにいずれも控訴人基金の補助参加人に譲渡され、かつそれぞれ適法な債権譲渡の通知を了していたことが明らかである以上、被控訴人らの本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当であるといわなければならない。

四  叙上説示の次第であるから、これと異なる原判決を取消し、被控訴人らの請求をいずれも棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 古山宏 判事 青山達 判事小谷卓男は転任のため署名捺印できない。裁判長判事 古山宏)

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